La Becasse

In season

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11月の料理イメージ ある日の料理から

ワタリガニ、りんごのみぞれ和え

  • ワタリガニ、りんごのみぞれ和え
  • ワタリガニの身をほぐし、野菜、キノコ類とともにりんごのすり下ろしたものとビネガーで和えています。和食の白和えのようなものです。もちろん豆腐を使ったりはしていませんので、ねっとりとした食感ではなく、すったりんごのぞろりとした食感が主体です。カニ身のしっとりとした滑らかさが浮き上がることを狙っています。ほんのりとした酸味でカニの旨みを引き立てています。魚介系にはフルーツはよく合いますし、りんごの風味が円やかで全体の優しいイメージを創り出しています。

白ワインマリネのサバソテー

  • 白ワインマリネのサバソテー
  • 付け合わせはサバのミンチにアーモンドスライスを刺したものとニンジンのグラッセとピュレ。これから脂がどんどん乗ってきて美味しくなるサバですが、青魚特有の臭みを取るために白ワインでマリネしています。シンプルなソテーですからどれだけ気品の高い味わいに変化しているかが分かりやすいでしょう。また、ニンジンの甘みが寄り添えるほどに奥行の深い味だということも体験していただきたいところです。塩コショーにではなく旨みそのものに寄り添っているところが重要。それだけ強い素材だということです。

ブリとカキの蕪蒸し

  • ブリとカキの蕪蒸し
  • カブはフランスでもよく使われる野菜ですが、今回は和風に蕪蒸しにしてみました。蕪蒸しとはいっても山葵を使ったりはしていません。伊勢エビの脚肉や触覚の肉も加え、ミソもソースとして使っています。
    気持ちとしてはブリがメインの素材で、カキ(仙鳳趾産)はソース代わりというところ。ブリは照り焼きなどで脂身を強調すると青魚風にクセが強くなりますが、今回は白身の魚として扱ってみました。品のいい深みが表現できたのではないでしょうか。ブリとカキという強いもの同士を合わせてもくどくならないところも面白いところです。

サワラの塩焼き、バイ貝、ムール貝

  • サワラの塩焼き、バイ貝、ムール貝
  • この時季美味しいものを並べた皿です。サワラは魚偏に春と書きますが、むしろ秋冬の方が美味しいです。味付けもほとんど塩だけといったレベル。ポルチーニ茸を添えていますが、バイ貝と食感と見た目が似ていて楽しい取り合わせだと思っています。ムール貝は皿の眺めを明るく彩ってくれるありがたい素材。味も好きなので比較的よく使います。食感も味もそれぞれ独立しているのに、なぜか安定したアンサンブルを奏でています。同じ季節に穫れるものは出会い物といって、不思議に相性がいいのです。

エゾ鹿のポワレ、鹿の血ソース、ジュニパーベリー風味、りんごのピュレ添え

  • エゾ鹿のポワレ、鹿の血ソース、ジュニパーベリー風味、りんごのピュレ添え
  • いよいよジビエの季節です。この日はまだ時期が少し早く、まだまだ種類が揃っていませんでした。鹿はジビエの中では一番食べやすい肉です。牛や羊と比べても匂いがなく、初めての人でも抵抗のない味わいでしょう。野生ですから筋肉が発達していて筋がしっかりしていることと、力強い味わいが特徴。満喫するには血を使った濃厚なソースで鹿の個性を味わい尽くすようにするのが一番です。ジュニパーベリーはジンに使われる杜松(ねず)の実。ヨーロッパではとくに寒い地方で鹿やトナカイの料理によく使われています。「ラ ベカス」オープン当初のメニューには“鹿のジンフィズ”という料理を載せていました。
    カクテル風の組み合わせを30年前から取り入れていたのです。今回はそこからアルコールとレモンライムを省いています。添えているりんごはすり下ろして少し煮詰め、五香粉を加えています。フランス料理はほとんど砂糖を使わないので甘くないと思われがちですが、フルーツや野菜の甘みは多用しています。りんごの甘みで料理に軽さと立体感が出来上がっています。五香粉のキレも忘れ難いでしょう。

野生山鳩の胸肉のロースト、モモ肉のコロッケとポロタン

  • 野生山鳩の胸肉のロースト、モモ肉のコロッケとポロタン
  • 鳩は鉄分の多い肉で、やや金臭い味わいに特徴があります。肉自体にキリッとした輪郭があるので、あまり手を加えない方が持ち味を楽しめるでしょう。骨から取った出汁をソースにしています。胸肉はローストにし、モモ肉はミンチにして枝豆を混ぜてコロッケ風に。添えているポロタンという栗は皮がとても薄くローストしていると勝手に皮が割れて剥けた状態になります。季節の恵みでジビエとは相性のいい素材です。一緒に煮込んだり、ピュレにして添えたりといろいろな利用法がありますが、ここでは粗野なイメージが欲しくて、丸ごとのローストにしています。

蜂蜜アイス、カラメルクリーム、塩味の紫芋

  • 蜂蜜アイス、カラメルクリーム、塩味の紫芋
  • 蜂蜜アイスはデザートの定番でよく作っています。よく焦がしたカラメルでクリームを作り、紫芋に塩と砂糖を加えたペーストを添えています。量的にはカラメルクリームが主役のようですが、むしろそのたっぷりした甘苦さを背景に蜂蜜アイスのコクのある甘さと、紫芋の甘塩っぱさが浮き立った主役になっています。量的に一番少ない紫芋が主役に躍り出ているのは、甘さの中で目立つ塩の力でしょう。大人しい個性なのにカラメルに埋没しないのも驚きです。
今回は素材の力を測ることが一番のテーマだったかもしれません。後半に鹿と山鳩という強力な個性の料理が控えているだけに、前半をやや抑制する必要がありました。秋冬のシーズン、濃厚な味わいが欲しくなり、ジビエが活躍する季節です。とはいえ、一晩の料理がすべて強烈な個性で主張だらけになってしまっては、お客様も疲れるし、どこにクライマックスがあるのかも分からなくなってしまいます。この夜は明らかに後半に重点を置くべき構成でした。
そこで大切になるのが、抑制しながらも印象に残る皿にしなければならない、という点です。ワタリガニ、サバ、ブリとカキ、サワラとバイ貝とムール貝。いずれ劣らぬ個性を持っており主役に据えても十分にその責任を全うできるだけの役者ばかり。どれも引き立ててやりたくなるのが人情です。そこをぐっとこらえて、ワタリガニ、ブリとカキは和風のアプローチで個性をやわらげつつ、じっくりと時間をかけて味わうことで、素材の印象を止めようと思いました。経験上、和食の油気を控えた料理は食べるスピードが抑制され、素材と向き合う時間が長くなるように思います。そこを利用したアイデアです。サバはマリネだけでほとんど手を加えず個性がむき出しになっていますが、ニンジンを添えることの意外性で、そちらに神経が集中することと、ニンジンの甘みでサバの味わいも円やかになっているはずです。サワラとバイ貝とムール貝こそ、ほとんど何もせず素材の力に任せた皿ですが、ポルチーニ茸も含めたアンサンブルの賑やかさで、素材の重さを感じさせずに楽しく通り過ぎることができるのです。
魚介4皿を経て、いよいよ鹿の皿です。しっかりした噛み応えがあり、重厚な味わい。その魅力の全てを伝えるにはさらに重厚な血のソースを合わせるのが歴史上も「ラ ベカス」においても定番。タンニンの利いた重いワインの出番でもあります。フルーツを添えるのも伝統的な手法。季節の洋梨や栗を添えるのも一般的ですが、今回は私のスペシャリテでもあるりんごのピュレを選んでいます。この甘酸っぱさによって一気に華やかさを増すと同時に全体の印象が重くなりすぎるのを防いでいます。五香粉のキレのある香りでシャープさも加わり、食後感がスッキリ軽やかになるでしょう。
山鳩はよく使いこんでいる胸肉の繊維がとても強く、しっかりとした食べ応えがあり、噛むごとに旨みが滲み出てきますから、神経を集中して食べることになり、小さな肉身ながら満足感が大きく、堪能することでしょう。モモ肉の方は食べやすくミンチにし、枝豆と合わせてコロッケ風に。どちらも骨から取ったソースでシンプルに味わい尽くすイメージです。添えている栗もローストなので、味わいが凝縮していて、山鳩に対抗できる深い風味になっています。
これだけ充実したメインの肉料理の後では、あっさりとしたデザートではあまりに印象が希薄になるので、風味の強いカラメルクリームをベースにしました。紫芋も塩味を加えることで、クッキリとした存在感を主張し、料理の流れ全体を受け止めるだけの力が備わっているように思います。
コースの流れを考える際、素材の力の見極め、どこでどれだけの印象の強さを発揮させるか、そのアイデアが重要です。かといってあまりに凝ったストーリー性はかえって煩わしく、今回のような前半の海は淡白に、後半の山は重厚に、といったレベルの構成で、個々の皿に変化をつければ十分でしょう。
今回もお楽しみいただけるコースになったと思います。

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