La Becasse

In season

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10月の料理イメージ ある日の料理から

アジのエスカベッシュ いくらソース

  • アジのエスカベッシュ いくらソース
  • フライにしたアジを玉ネギ、ピーマン、セロリ、オレンジ、白ワイン、ビネガーでマリネしたものを包丁で細かくカットし、塩コショーで味を調え、クネルにまとめ、イクラのソースと合わせています。味があるからアジと名付けられたという説もあります。たしかに美味しい魚なのでよく使うのですが、さらに美味しくする余地はあると思っています。新物のイクラがあったので組み合わせてみると、これがピッタリとはまりました。元々の味の濃厚さにイクラの塩気でしまりが出て、イクラの濃厚さを受け止める役割も果たしてくれています。お互いが懐深く受け入れ合いつつ自己主張しているところがこの組み合わせの長所です。

ブリとアーティチョーク、毛ガニのマリネ ブリのリエット添え

  • ブリとアーティチョーク、毛ガニのマリネ ブリのリエット添え
  • 毛ガニのマリネを生のブリで包み、やや硬めの海藻のジュレで覆っています。ジュレとブリが一体となって不思議な感触を創り出しているところがミソ。ブリと気付く人は少ないでしょう。食べたことのある味なのに、食べたことのない食感。美味しいのに何だろう? と考える時間が食事のなかの“華”ではないかと思います。アーティチョークを柔らかな味わいのソースとして使っています。
    横の細長い皿で出しているミニャルディーズ。じつはブリのリエットをパリパリの生地で包んだもの。ここでメインの皿の正体を明かしているのです。

カキとクスクス

  • カキとクスクス
  • クネルが二つ並んだように見えますが、一つは仙鳳趾(せんぼうし)のカキを蒸し焼きにしたもの、一つはクスクスです。意外なほど似通った色合いに仕上がりました。ナイフやフォークを入れた時の感触、口に入れた時の食感は対照的。味わいもカキの濃厚さに対してクスクスはさっぱりとさせ、野菜のみじん切りを加えることで食感の粒感も明瞭になり、さっぱり感も強調し、クスクスを添え物の地位から対等の位置まで引き上げています。同じ形を与えた意味があったというものです。

毛ガニのリゾット

  • 毛ガニのリゾット
  • 毛ガニのミソをたっぷり吸いこんだリゾットです。食べてみるとお分かりになりますが、イタリアンのリゾットであれば、中心に芯を残したアルデンテに仕上げるところです。が、私のものは“ゾリット”と呼んでいて、外が硬く中が柔らかく煮えているのです。ちょっと不思議な食感。でも魔法でもなんでもなく、肉をリソレするように米の外周を先に焼き固めてから煮れば、外が硬く中心が柔らかいという、逆転が可能になるのです。ちょっとした発想です。生米の硬さとは違い、こちらのほうが米の食べ方としてはより美味しいのではないかと思っています。

野生のヤマウズラのショーフロワ カシューナッツソース

  • 野生のヤマウズラのショーフロワ カシューナッツソース
  • 野生のヤマウズラが手に入ったので一羽丸ごと味わっていただく料理にしてみました。
    胸肉とささみはカシューナッツのソースを塗り。みじん切りにしたモモ肉と内臓類にはカシューナッツのダイスを合わせて冷たくしてお出ししています。心臓や砂ズリなどの個性的な部位は扱いを大きくして力強いアクセントとしています。
    ナッツのソースを使ったことでインドネシアの焼き鳥“サテ”を思い出させるようなところもあります。こういうはみ出していく部分がフランス料理を活かし続けるのではないでしょうか。

サワラのソテー 舞茸

  • サワラのソテー 舞茸
  • シンプルで古典的なソテーに、これまた古典的な茸のソース。舞茸を姿のままにしているので、見た目は斬新ですが、味わいはいたってオーソドックス。肉厚のサワラにいかにふっくらと火を入れるかが腕の見せ所。シンプルな料理だからこそ難しいし、中でもサワラは繊細です。火を操る職人、キュイジニエの資質を一番問われるところです。完全に火を通しているのですが、通りきった瞬間で止めて生の感触を偲ばせる最高の仕上がりになりました。
    火の入れ方や、塩の当て方は料理人の基本ですが、訓練である程度までは上達します。が、フライパンや鍋がどれだけ熱を伝えているのか、素材の状態を見ながら対話できるかどうかは天性の感覚が物を言うようです。

アジとフェンネル、ムール貝のクリームソース

  • アジとフェンネル、ムール貝のクリームソース
  • アジに大葉や生姜、茗荷などを添えて清涼感を演出するのが和食の定番ですが、それに倣って、フェンネルという和食では使われることのない清涼感のあるスパイスの茎を合わせてみました。アジとムール貝という円やかな味わいの中に、フェンネルの爽やかさが過ると、世界が一変するような力があります。茎は種ほど強い刺激ではないのですが、それでも、独特の香りがこの皿の性格を決めているようなところがあります。主役やソースを活かしつつ、自分の存在をアピールする名脇役といったところです。

鶏とワタリガニのクネル グラタン焼き

  • 鶏とワタリガニのクネル グラタン焼き
  • 鶏の砂ズリやアキレス腱、茸とワタリガニのミソを和えてグラタンにしました。イメージとしてはリヨンなどでよく作られる“川カマスのクネル ソースナンチュア(ザリガニのソース)”がベースになっています。各素材にワタリガニのミソの味が染み渡っているので、砂ズリの食感なのにカニの味がするという不思議な食味を経験することになります。食感のヴァリエーションも多彩で、砂ズリのギシッ、アキレスのクニュ、茸のシャキシャキと変化を楽しめます。

栗のスープ、蜂蜜アイス、マロングラッセ

  • 栗のスープ、蜂蜜アイス、マロングラッセ
  • 季節の栗をデザートにしました。牛乳と砂糖と栗というシンプルなスープに、蜂蜜のアイスを置き、マロングラッセを載せています。スープにはカカオニブを砕いたものを散らしています。さっぱりとした栗のスープにアイスで甘みを添え、マロングラッセで濃い味わいの栗を堪能するという図式です。ですが、食べ終わるとなぜか口の中にはチョコレートの味わいが残るのです。カカオニブの強い力がちょっとしたマジックを仕掛けてくれています。
今回の料理は、すべて即興で作り上げています。スタッフも初めて経験するものばかり。前もって打合せしたとしても、作りながら途中で変わってしまうので、調理スタッフにはその場その場での指示になりますし、ホールスタッフには完成した皿についての構成を伝えるのみとなります。スタッフにしてみれば味の想像がつかない部分があるので、私から聞いたことを丸暗記して伝える形になります。お客様にしても、未経験の皿に出会うことになるわけで、それを期待に高めてもらえたらありがたいのですが。あの時の味、メディアに載っていたあの皿をというのも楽しく幸せな食事だとは思いますが、未体験の皿との出会いははるかに味覚の世界を広げてくれるのではないでしょうか。
こういう日は、料理内容の予約が入っていなくて、すべて私へのお任せになっています。市場では、美味しそうな素材を見付けては「使いたいな」というレベルに留まっていて、具体的な料理のイメージを浮かべてはいないのです。いざ、調理という段階になって、突き出しにアジを使いたいな、前菜はブリがいいかな、などと具体性をおびはじめ、そこから即興的に素材の組み合わせや、火の通し方、ソースの組み合わせなどが湧いて出てくることになります。
今回はとくに魚介類にいいものが揃っていたので、ついつい魚介系の皿ばかり思い付き、途中でやっと肉の皿も作らなければと、気が付いたくらいです。
即興で各料理への説明が付かないというだけでなく、不思議な正体不明の味わいが多く生み出されました。ブリの海藻ジュレ掛け、毛ガニのゾリット(ゾリットを初めて体験する人にはとても印象的)、ヤマウズラのモモ肉と内臓のミックス、アジとフェンネル、鶏の砂ズリのワタリガニのミソ味、栗の後口のチョコレートなどなど。
今回の試みがすべて傑作だと豪語する気はありませんが、食べたことのない味を日常的に生み出し続けていると、その中の特にいいアイデアを核に飛躍を遂げる皿が生まれてくるはずです。「ラ ベカス」の皿として恥ずかしくないレベルのものを9品、2時間足らずの短時間で生み出せました。まだまだ集中力は衰えていないし、キュイジニエの道を歩み始めて40年近い経験の積み重ねで、保守的な意味ではなく、人を納得させられる落としどころが想像できるという能力の貯えも大きく作用しているのでしょう。
準備なしに、言わば修羅場へと自らを追い込んでいることになりますが、この状況を愉しめているからこそ、いい皿を生み出せているのでしょう。不遜なようですが、どんな状況でもなんとかなるという自負と、実績が自分をさらなる挑戦へと駆り立てているようです。

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