La Becasse

In season

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9月の料理イメージ ある日の料理から

剣先イカのファルシ

  • 剣先イカのファルシ
  • 小ぶりのイカを選び、なかにクスクスなどを詰めています。いわばイカ飯。でもまったく趣が異なります。イカは塩茹ですが、ほんの短時間、全体に白く色は変わるけれど硬さの出る前のレベルにとどめ、新鮮な美味しさを残します。詰め物にはヴィネガーでほんのりとした酸味を添えています。ソースはナスのピューレがベース。
    江戸前寿司の煮イカの握りを思い出せなくもないですが、はるかに爽やかで洗練された仕上がりになっており、クスクスの食感も印象を深めていると思います。

阿波尾鶏のガランティーヌ

  • 阿波尾鶏のガランティーヌ
  • これもクラシックな料理がベース。鶏肉でフォアグラとホタテのムースを巻いて蒸し上げ、トリュフ、フェンネルの茎の酢漬け、セルフィーユと合わせ、アーティチョークのクリームを絞っています。オーソドックスなガランティーヌはフォアグラとホタテでたっぷりとした旨みを含んでいます。さらに、トリュフで豪華さを加え、酢漬けでしっかりしたアクセントを利かせ、アーティチョークで最後にもう一度中和するようなストーリーのある皿になりました。

仙鳳趾産カキの海藻ジュレ

  • 仙鳳趾産カキの海藻ジュレ
  • いわゆるRの付く月になるとカキを食べたくなってきます。でも、まだ季節が早く、水温が低く年中食べられるという釧路の東海岸、仙鳳趾(せんぼうし)のカキを入手しました。特別に濃厚でクリーミーな味わいをそのまま味わっていただきたく、軽く湯通ししたカキに海藻のジュレを流し掛けています。いわば海のエキスとともに食すといった感覚です。ジュレの中の細かなダイスは紅芯大根、緑大根、ブロッコリー。彩と食感のささやかな刺激でリズミカルな楽しさを添えています。

小芋とムール貝のサラダ

  • 小芋とムール貝のサラダ
  • 仲秋の名月の時期は小芋の美味しい季節です。ねっとりとした食感はもっとも日本的な食材の一つと言えるでしょう。ただ、合わせる素材によって十分にフランス料理になり得るのです。小芋の一番美味しい食べ方は、シンプルに塩を付けたり、味噌を付けたりするものでしょう。その塩気をキャビアに置き換えるとピッタリ合いました。魚介系の味わいが登場したことで思いついたのがムール貝。取り合わせの空豆と枝豆はムール貝のオレンジ色によく映えるので選んでいます。
    塩気の風味が異なることで、衣被とは別次元の小芋の食べ方になったのではないでしょうか。

鯛のソテー バジルソース

  • 鯛のソテー バジルソース
  • 中位のサイズの鯛をミキュイになるようにソテーし、バジルソースを合わせ、新物のイクラを添えています。上に載せているのは小麦粉のチュイル。水と油が弾き合っているところに粉を加えて焼けばネット状に焼き上がり、食感はしっかり感じさせつつ、ヴォリュームの付き過ぎない素材が手に入ります。
    バジルの爽やかな香りを最大限に引き出し、青臭さを感じさせないことがポイントです。鯛はミキュイにすることで、ややねっとりと舌に絡みつくようになり、口中に長く留まりますから、ソースもイクラも過剰にならないように加減しています。

和牛のアキレス腱、落花生、ポルチーニ茸

  • 和牛のアキレス腱、落花生、ポルチーニ茸
  • この料理は比較的登場回数の多いものです。というのは今回のようにメインの皿にもなるし、肉料理の付け合わせにもなるという変幻自在の性格を持っているからです。
    基本はアキレス腱とセップ茸にエシャロット、パセリによる風味付け。茸はいろいろ交換可能です。今回は落花生とジャガイモを加えてヴォリュームアップしています。
    硬いはずの腱のねっとりとした柔らかさに驚かれるでしょう。こういう部位は元々濃厚な味わいを持っていますので、強い味の茸がよく合うし、味付け自体はシンプルにエシャロットの風味が立つようにしています。

オマール海老とジャガイモの煮込み

  • オマール海老とジャガイモの煮込み
  • 「アラン シャペル」のスペシャリテ。シャペルさんはオマールをよく使いました。やはりスペシャリテのサラダもあります。サラダは私もよく作ります。今回は煮込み。この料理は素材がすべてのようなところがあり、すべてブルターニュ産でなければできません。オマールだけではないのです。一緒に煮込むジャガイモ、ニンジン、玉ネギのすべてが同じ土地のものではじめてこの味わいが出来上がります。
    作り方は簡単で、一つの鍋でジャガイモから煮えにくい順に加えていって40分ほど煮込みます。比較的煮えやすいオマールの胴をまず取り出し、爪は少し遅れて出します。野菜類は煮崩れてもいいので、そのまま煮詰めて最後に脳みそを加えてビスク風の濃厚な味わいに仕立てます。オマールの旨味を吸ったブルターニュ産独特のねっとりとしたジャガイモを食べれば、料理名に名前を連ねている意味が理解できるでしょう。
今回はファルシ、ガランティーヌ、サラダ、煮込みとクラシックな調理法が多く登場しました。もう一つの隠れテーマはねっとり、とろりとした食感があったかもしれません。
クラシックな調理法には安心感があります。昔からの料理は、素材と素材の一瞬の出会いではなく、しっかり作り込まれています。フランス料理特有の積み重ねられた重層的な旨みを創り出しているのです。それを現代に活かすには、いかに軽やかに換骨奪胎するかに掛かっているでしょう。
「剣先イカのファルシ」では、イカとフィリングを一緒に煮込んだりせずに、あえて一体化を図りませんでした。イカのふっくら、ややぬめっとした食感とクスクスのザラつく食感は対照的。クスクスのほのかな酸味とナスのソースが絡み合うことでようやく全体が一体化します。その間、ずっと印象に残るのがイカの新鮮な旨味です。これほど見掛けをいい意味で裏切る料理も少ないのではないでしょうか。
「阿波尾鶏のガランティーヌ」はかなりオーソドックスな柱を残したままにしています。ただ1点、フェンネルの酢漬けの鋭い酸味が古い世界の温和な調和を破り、現代的な刺激のある料理に変身を遂げさせる力を発揮しています。
「仙鳳趾産カキの海藻ジュレ」は優れた流通がもたらしたまさしく現代の料理。素材の旨みそのものだけでほぼ完成しているのです。一瞬の湯通しで、ねっとり、とろりとした最上の食感を引き出したことがキュイジニエとしての私の仕事です。
「小芋とムール貝のサラダ」。サラダでありながらドレッシングを使いませんでした。キャビアがその代わりです。カキのねっとり感をさらに重くした小芋のねっとり感が続きますが、かえって食べ慣れたはずの日本の素材を新鮮に感じるのではないでしょうか。これも組み合わせ、順番の妙でしょう。
「鯛のソテー バジルソース」。キャビアに続いてイクラが活躍します。新物なので淡い塩気で使えるのが有難い。チュイルも含めて4つのパーツが、それぞれ縁もゆかりもないという感じなのにミキュイのややねっとりとした食感を中心に不思議に調和しています。直感を信じて良かったという料理です。
「和牛アキレス腱、落花生、ポルチーニ茸」の自由度の高さは先に述べた通り。アキレス腱、茸、エシャロット、パセリの組み合わせが、アキレス腱のねっとりとした食感とともに印象的な美味しさでインパクトを持っている割に、くどくなく、ヴォリュームが大きくなってもペロリと食べられる魅力を備えているのです。
「オマール海老とジャガイモの煮込み」は今回のねっとりシリーズを締めくくるのに最適の料理。ブルターニュ産のジャガイモは長時間煮込んでも煮崩れることなく、むっちりとした粘りがあるのです。たっぷりの旨みを吸っているのに、煮崩れないというのはまったくフランス的なタフな野菜です。それでいて日本的と言いたくなるねっとり感を併せ持っているのですから、取り寄せるだけの意味があるというものです。
師匠へのオマージュとしてオリジナルのままですが、いまだに古さを感じさせません。

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