La Becasse

In season

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8月の料理イメージ ある日の料理から

サザエドーム

  • サザエドーム
  • これはちょっと曰くのある料理です。フランス大使館で行われたパーティーで8人のシェフがコースの1品ずつを作るというシェフ競演の催しで、私が担当した前菜料理。集まったシェフが豪華な顔ぶれで、日本からは三国さんと平松さん。海外からはロブションのほかにレンヌ近郊の「ラ コート サンジャック&スパ」のシェフ、ジャン=ミシェル・ロラン、「ラ ピラミッド」のパトリック・アンリルー、「エノテカ ピンキオリ」のアニー・フェオルデ、「サン パウ」のカルメン・ルスカイェーダといういずれ劣らぬ名人、巨匠ばかり。三国さんは北海道産の処女牛を使った皿、ロブションはキャビアのゼリーでした。ラ ピラミッドのシェフがこの日の主賓である常陸宮殿下に「どの料理が一番お気に召しましたか」とお訊ねしたところ、「サザエとジュンサイの料理が印象に残っています」とのお答えでした。前菜は上手くすれば一番インパクトを与えやすい位置にありますが、後からの料理に打ち消されてしまう可能性も強いのです。この強者たちを相手に生き残れたのは名誉だと思っています。
    サザエの細切れを寒天風にドーム状に固めたものにカリフラワーのクリーム、カレーソース、ジュンサイを合わせています。
    ちなみにカリフラワーのクリームをフランスではクレーム デュ バリーと呼んでいて私はずっとこの呼び名を使っていたのですが、最近この名前を使う人がようやく増えてきたようです。ルイ15世のお気に入り料理で、同じお気に入りの愛妾デュ バリー夫人の名が付けられたと言われています。

ボーンレスハモのタルト

  • ボーンレスハモのタルト
  • 薄い生地をパリッと焼いて、ボーンレスハモにトマトとバジルを合わせて盛り込んでいます。ハモのふっくらとした食感とパリパリの生地の食感との対比が楽しい一皿。夏らしくトマトとバジルのイタリアンテイストにして軽やかな味わいにしています。ハモの小さな一切れがどれだけ力強い味わいを持っているか、その実力を再認識していただけるだろうと思っています。

オーストラリア産トリュフと塩蒸し玉ネギ

  • オーストラリア産トリュフと塩蒸し玉ネギ
  • オーストラリア産トリュフは品質が高く、いまや価格と質でもフランス産を凌ぐほどになっています。香りの強さ、持続力も負けていません。
    トリュフだけでなく玉ネギも特別なものを使っています。5月頃には新玉ネギを使った塩蒸しを作っていましたが、今回は淡路島産のそのまま食べても美味しいという特別の玉ネギで、この1回限りで送られてきたものです。
    皿の奥に中高に盛り付けたのはジャガイモの繊切りにビネガーを合わせたもの。軽く湯通ししていますが、シャキシャキした食感が新鮮な印象をもたらしてくれます。
    枯山水のようなビジュアルから濃厚なフランスらしさが香り立つのが、意表を突いていて
    面白いのではないでしょうか。

春子(カスゴ)のマリネ、生ピーナッツ添え

  • 春子(カスゴ)のマリネ、生ピーナッツ添え
  • 江戸前の鮨で珍重される鯛の幼魚を春子(かすご)と呼びます。関西では大阪「すし萬」の小鯛雀寿司が有名です。でも、それらで馴染んだ塩や酢でよく締まったものではなく、ほんのりとした酢加減で軽く締めることでふっくらとした食感を導き出しました。周囲に配置したものがそれで、真ん中に置いているのは皮付きの菱形切りにしてやや強い食感にして味わい分けられるようにしています。あしらったのはこの時季にだけ楽しめる生のピーナッツ。シャリシャリした得難い食感が絶妙です。味付けはラタトゥイユオイルにスペイン産のパプリカを合わせたものです。

冬瓜と鮎のすりながし

  • 冬瓜と鮎のすりながし
  • 普通、冬瓜はたっぷり味を染ませて、ほのかな香りととろとろの食感とともに溢れ出すスープを愉しむものです。今回は水茹でにして鮎の塩焼きをほぐしたものと一緒にフードプロセッサーにかけて、すり流しの土台に徹してもらいました。出汁に冬瓜と鮎を別々に流す方法もあるでしょうが、2つを一緒に味わってほしかったのと、よりフレンチの手法に近くと思ってこの方法に落ち着きました。合わせたのはマイクロキュウリとハーブのヤロウです。今日初めて思い付き、試作なしで仕上げてみたのですが、思った通りの大人の味になりました。

オンブルシュバリエのムニエル

  • オンブルシュバリエのムニエル
  • フランスやスイスで憧れの食材となっている鱒科の魚。泳いでいるときに背びれだけが水面に出て全体像がはっきり掴めないことから 0mbre(影) chevalier(騎士)と名付けられているようです。和名は大岩魚とか北岩魚などと呼ばれています。シャペル時代にもよくさばいたものです。この時季の魚でフランスから空輸してもらいました。大きいものは3㎏ほどにもなりますが、大きくなるほどにたっぷり脂が乗り、脂ばかりを食べているようになるので、あえて1㎏余りのものにし、バターでしっかり味を乗せています。日本の川魚と違って、川の流れが緩やかなせいか、身が柔らかくふっくらとした食感が魅力です。淡白な味わいにブールノワゼットの香りが食欲を掻き立てます。

フォアグラのソテー、ポルチーニ添え

  • フォアグラのソテー、ポルチーニ添え
  • フォアグラはどう食べても美味しいものですが、強い味わいなだけに何を合わせるかが重要です。薄味のものを合わせて緩和するのか、同等に強いものを合わせてさらに強化するのか。今回はポルチーニという濃厚な味わいの茸で強化の道を選びました。味がどちらも強いし、それだけで十分な満足感の得られるものですから、あえて塩コショーというシンプルな味付けに止めています。

目一鯛のポワレ、ロメインレタスの芯のサラダ添え

  • 目一鯛のポワレ、ロメインレタスの芯のサラダ添え
  • 吉兆が重用したことで有名になり、幻の鯛と呼ばれたものです。玉目鯛とも呼ばれます。最近では商品価値が上がり、市場にもよく並ぶようになりました。真鯛より繊細な味わいで、かすかに香りがあって、好きになると真鯛では物足りなくなるかもしれません。
    美味しい魚なのでポワレにし、夏の野菜を添えています。サマートリュフもスライスしてみました。季節感が溢れています。

メロンのスープ 蜂蜜アイス

  • メロンのスープ 蜂蜜アイス
  • 今が旬のメロンを選びました。普通、フルーツのスープというとワインやシャンパンを使ったり、わずかに塩を入れたりし、より濃厚な味わいにしがちです。今回はフルーツの持ち味をそのままに味わっていただこうと思いました。果肉のボールとスープ状にしたもので二度味わい、アイスクリームで変化を付ければ、メロンを十二分に多層的に楽しんでいただけるのではないでしょうか。

柑橘のババ

  • 柑橘のババ
  • オレンジをメインにした柑橘類のシロップにどっぷりと浸したブリオッシュは食事の最後を締めくくるのにふさわしい役者だと思います。脇に添えた柑橘のジュレと最後に振りかけているラム酒がたっぷりの甘さの中に、キリッとした切れ味を創り出しています。フランス料理では食事の皿には砂糖を使いませんので、デザートのこの甘さが強い満足感にもつながるのです。
今回はフランス料理の王道の食材がトリュフ、オンブルシュバリエ、フォアグラと3品も集まりました。このような食材は調理法も伝統的な手法に従うのが一番美味しい食べ方です。誰もが美味しいといって繰り返されてきた調理法なのですから。ただ、オリジナリティを宿命付けられているレストランにとっては平凡と思われてしまう怖さがあります。トリュフは塩蒸しの玉ネギと合わせただけですが、じつは玉ネギの香りにトリュフに通ずる部分があり、その発見が驚きにつながる皿でした。
フォアグラはポルチーニと合わせることで、より濃厚な味わいを楽しみつつ、脂っぼさを消し、スッキリとした食後感を生み出しています。オンブルシュバリエは日本ではめったに食べる機会のない食材ですので、シンプルなムニエルにし、ヴォリュームもたっぷりと、この機会に堪能していただければとの考えです。
王道の軸があるので、他の皿はけっこう意表を突く遊びができました。
「サザエドーム」はサザエ、ジュンサイ、クリーム、カレーと日仏印三カ国の混交。一つにまとまることが不思議なくらい。「ボーンレスハモのタルト」はトマトとバジルというイタリアの風味と出会うことでハモのコクの深さが強調されたし、薄いパリパリの生地との対比もあり、小さいながら凝縮された味わいです。「春子のマリネ」はフレンチで使っている人はいるのかな。使うこと自体稀だし、皮付きと皮なしの食感の差や、生ピーナッツの食感の珍しさなど、食感に焦点を当てることがフレンチではあまりしないことです。「冬瓜と鮎のすりながし」は冬瓜を味のないスープと考え、私の得意料理である「鮎のリエット」に近い味わいを載せてみました。冬瓜料理の発想を逆転したような調理法です。こういう閃きが降りてくるのは嬉しいものです。「目一鯛のポワレ」は野菜サラダがメインのように見える皿で、中から貴重な目一鯛が出てくるという寸法。
こういうズラシやヒネリを意図的にやっているのではなく、こうしたら美味しくなりそうと自然にやれていることが長続きの要因かもしれません。無理に狙ってやるとマンネリになるでしょう。
今回は皿数も多く、それぞれにたっぷり遊びの要素も加わっているので、最後はゆっくりくつろいでいただくために、デザートは2品ともオーソドックスに作ってみました。

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