La Becasse

In season

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7月の料理イメージ ある日の料理から

鶏の内臓のタルト

  • 鶏の内臓のタルト
  • 極細のパスタをタルト型の中に網目状に敷き、焼き込んでおきます。中の詰め物は鶏の心臓、砂肝、セセリ身とキャビア ド オーベルジーヌ(ナスを粒状にしたもの)を和えたものです。
    パスタのパリパリとした軽快な食感が命ですから、できる限り速く出来立てを供しています。即、食べていただきたいです。
    内臓は強い風味があるので塩をやや強めにし、ナスを加えることでバランスを図り、スターターとして、少量ながら印象に残ることを狙っています。パスタをもう少し深く籠状のパニエにしてしまうと、重くなりすぎるでしょう。タルトがベストサイズです。

アイナメのグランメール風

  • アイナメのグランメール風
  • アイナメは日本に帰ってきたとき、最初に感激した魚です。上品で香りもあり深い味わいもある優れた食材。フランスでは相当するものがありません。
    お気に入りの素材を素朴で力強い味わいの料理にしてみました。グランメール風というのは田舎のおばあちゃんがやるような料理ということで、ベーコンとともに炒めています。ソースもベーコンのエキスです。ベーコンはヨーロッパの料理にとってかつお節や昆布に匹敵する出汁であり、田舎料理の味のベースになっていることが多いのです。ブタの脂と燻製香と塩ですから、力強くどこか粗野でもあります。
    これを合わせるとアイナメの上品さを失うことなく、力強さだけが加わるのがいいところ。
    付け合わせのペコロス、芽キャベツ、ニンジンなどもベーコンと相性が良く、持ち味を発揮してくれています。

コチのロースト ニンニク添え

  • コチのロースト ニンニク添え
  • 身の厚い大ぶりのコチが手に入ったので。状態も最良だったからシンプルにローストにしてみました。添えたのは皮付きニンニク。ホクホクに仕上がっているので、皮を剥いてそのまま食べてもいいし、コチに塗りつけて食べても美味しい。付け合わせの野菜は、陽に当てずに育てた黄色いエンドウのサラダ。エシャロットのドレッシングです。
    ニンニクをゴロゴロと盛り込んでいるので、どちらが主役か分からないほど。もちろんコチも最上級の味わいになっていますが、ニンニクを食べるための皿といってもいいでしょう。匂いは十分に火を通していますので恐れるほどのことはありません。エシャロットの方が香っているくらいです。

トマトのファルシ

  • トマトのファルシ
  • 普通、トマトには肉類を詰めますが、今回はズッキーニにしています。ズッキーニだけで作ったラタトゥイユ風のもの(キッチンではズッキートゥイユと呼んでいます)。ほのかにコリアンダーを香らせています。付け合わせはジロル茸、バイ貝、枝豆の煮込み。
    ズッキートゥイユを詰めたことで、口の中でラタトゥイユが完成するのも面白いですし、流動性の高いメインに、キノコと貝のクニュクニュした食感、枝豆のコリコリ感。食感の取り合わせも楽しいでしょう。

ロニョンドヴォーのソテー 黒い茸のソース

  • ロニョンドヴォーのソテー 黒い茸のソース
  • ロニョン(腎臓)はしっかり下処理し、匂いを抜きます。周囲の脂身が美味ですので、大切に。軽くソテーして、黒い茸のソースを流します。使っているのはトランペット茸。トランペット ド ラ モール(死者のトランペット)と名前も色も不気味ですが、死者も生き返って食べたくなるほど美味しいものです。ロニョンという個性の強い食材の味わいを深めるのに最適と言えるでしょう。
    付け合わせは彩りを考えて、キャロットヴィシー。グリーンはセルフィーユ。ニンジンを水煮してバターで和えています。バターの甘さだけですので、グラッセのように料理の邪魔をすることがなく、使い勝手のいい付け合わせ。家庭料理の定番ですが、盛り付けによってレストラン料理としても見栄えのするものに仕上がります。

大根とテールのスープ ベックオフの饅頭添え

  • 大根とテールのスープ ベックオフの饅頭添え
  • 見掛けはタピオカのドリンクのようですが、大根を丸くくり抜いたものです。2時間ばかり炊いて旨みを引き出し、特有の臭みが出るのを防いでいます。テールの野太い味わい、シイタケのコクとともに滋味あふれるスープを構成しています。
    饅頭は中華饅頭の生地で、アルザス料理のベックオフ(ポトフ風の煮込み料理)をミンチにしたものを餡にしています。肉類やジャガイモ、ニンジンなどの具材を別々に食べるのとは違った、ベックオフの新しい側面を味わえる料理です。生地にスープを吸わせて食べるのも一興でしょう。

グリーンピースのバヴァロワとソルベ

  • グリーンピースのバヴァロワとソルベ
  • これは豆のデザート。食事の流れの中にあると捉えても構いません。バヴァロワはグリーンピースのピュレのほかに色付けに抹茶も加えています。付け合わせには空豆も付け足し、どちらも生に近い状態にして、青い香りの魅力を感じていただくことで、バヴァロワやソルベのグリーンピースの優しい甘さをより堪能してもらえるのではないかと思っています。
    複雑に作り込んだデザートも悪くはないのですが、このように畑から直送されてきたようなデザートの在り方にも惹かれています。
レストランの料理の楽しみについて少し考えてみました。
レストランにもいろんなお店があります。豪奢なインテリアで値段的にも異常なほど高く、高級食材ばかりが使われているような、すべてに高級であることを善しとするお店。
男女のデートコースに組み込まれたり、社交の場となったりして会話が一夜のメインとなるようなお店。味覚のめくるめき体験を追究するお店。オーナーやシェフの趣味によってその形態はさまざまです。お客様に支持されて経営が成り立っていれば、どのようなスタイルもありなのだと思います。
でも、私の場合はあくまで味覚にこだわりたいのです。レストランはビストロに比べて、品格を求められる部分があります。そこに捉われすぎると、どうしても力のない料理になりがちです。料理は本能的な食欲を刺激する力を持っていないと、どうしても印象が薄くなってしまいます。かといって奇を衒った組み合わせやビジュアルで迫ってみても、味に説得力がなければ一過性の刺激ということになってしまうでしょう。
私の場合は店のジャンルを超えて、ビストロ料理、地方料理や、家庭料理、さらには日本の居酒屋や焼鳥屋、中華やエスニック料理など、あらゆる料理や食材から刺激を受けて、どんどん自分のレパートリーに取り入れてしまいます。
今回の料理にしても、鶏の内臓、グランメール風の調理法、ゴロゴロと転がるニンニク、枝豆、ロニョンなど、並べてみると身近な料理の猥雑さが感じられるでしょう。この根幹こそが料理に力を与えてくれているので、この力を削がずに、いかに品よく仕上げるかが腕の見せ所です。
鶏の内臓にナスを合わせたことでほどよいしつこさのレベルが得られています。グランメール風のベーコンはアイナメの上品さによって高貴な味わいに引き上げられているのではないでしょうか。ニンニクは皮付きのままローストしているので実は蒸し焼きにされ、たっぷりの甘さが引き出され、香りは抑えられているのです。見掛けに反してエレガントな味わいです。黄色いエンドウのサラダに使ったエシャロットのやや尖った香りはニンニクの甘い香りが背景にあることで皿全体をシャープなものに感じさせてくれています。
トマトファルシでほのかに香っているコリアンダーは、ほぼ野菜ばかりの皿に豊かな広がりを与えています。
ロニョンは昔からレストランで重用されてきた素材です。内臓は味わい深く、元々食欲をそそるものですが、ここではトランペット茸とキャロットヴィシーを組み合わせることで、かぎりなく奥行きの深い味わいになり、しかもその旨みが視覚的にも伝わる最強の皿になったのではないでしょうか。
大根とテールのスープはフェイクというかギミックというか、見た目の意外性から興味を持っていただくものになっていますが、食べるとすぐにその遊戯性などは忘れて味に夢中になってもらえる強さがあります。
デザートもレストランならではの料理からの一貫性と意外性を含んだものになりました。
このように、出発点のアイデアは粗野であったり田舎臭かったりしても、ほんのちょっとしたバランス感覚や組み合わせの妙でエレガンスを手に入れることができるのです。

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