La Becasse

In season

In season

6月の料理イメージ ある日の料理から

アスパラソバージュとバイ貝 アスパラのスープ

  • アスパラソバージュとバイ貝 アスパラのスープ
  • バイ貝は硬いので1時間ほどゆっくり火を通して柔らかくなったものを角切り。アスパラはサッと湯通しして、シャキッとした食感を残します。バイ貝のクニュクニュとした食感との対比が面白味です。アスパラの風味が濃厚なスープ、強めの塩気で一つにまとめています。まずスープを付けずに素材の剥き出しの味わいを味わうのも一興です。アスパラ本来の青い香りとスープにしたときの風味の豊かさの差にちょっとした驚きが隠されています。

アワビ 海のゼリー掛け

  • アワビ 海のゼリー掛け
  • レアに仕上げたアワビはほぼ刺身と思っていただいていいでしょう。柔らかくなったエンペラの部分も含めた身のスライスに生の肝を添え、“海のゼリー(昆布出汁)”を流しかけています。ほとんど素材の味わいのままの料理です。アワビの肝の磯の香りがゼリー以上にソースの役割を果たしています。昆布にも磯の香りがありますが、ここではむしろ全体を円やかにし、アワビの魅力をより豊かなものにするように使っています。ゼリーにすることで滑らかさが得られるだけでなく、口いっぱいに味わいが広がるのを手伝ってくれます。アワビを海に戻しているようなイメージも気に入っています。

ホタテとスナップエンドウ 押麦のサラダ

  • ホタテとスナップエンドウ 押麦のサラダ
  • 時にはこのように几帳面に並べた料理を作ることもあります。スナップエンドウを筒切りにしただけですが、豆が一つひとつ小さな舟に乗っているようで、見た目の面白さが出たのではないでしょうか。ホタテは軽く湯通し。ふっくらと炊いた押麦をあしらっています。
    トマトとビネガーの淡い酸味でまとめています。ホタテと押麦の弾力のある食感の共通性が、ちょっとした騙し討ちのようで、食べ進めるときの楽しさになると思っています。

ボンレスハモ

  • ボンレスハモ
  • フレンチには骨切りという手法がないので、1本1本骨を抜いています。骨は無数に(聞いたところでは小骨は600本以上)あるのですが、骨格の構造を理解すれば案外簡単で1尾2、30分もあれば抜いてしまえます。ただ新鮮な身から身を崩さずに骨を抜くのは力が要りますね。毛抜きを握る手が痛くなるほどです。そこまでしてこの料理にこだわるのはハモの食感が格段に良くなるからです。ふっくらとしてざらつきのない食感に、ある和食の三ツ星料理人が「ハモってこんな味やったんや」と驚いたくらいです。
    照り焼き風ですがソースはバルサミコ酢。付け合わせは焼きナスにナスのピュレ。見えないところで努力はしていますが、お皿の上はシンプルイズベストです。
    ちなみにネーミングは「草喰なかひがし」の中東さん。食べた感想をお聞きしたら「ボンレスハモ」と一言言ってニッコリされたのでした。

ハモのエスカベッシュ

  • ハモのエスカベッシュ
  • 同じ骨抜きしたハモをエスカベッシュにしてみました。トマト風味のビネガーに漬け、アクセントに実山椒を散らしています。山椒の刺激が痛烈で料理を完成させる決め手になっています。ハモの皮の雰囲気と山椒の香りでウナギを思い出す人もいるでしょうね。でもウナギ以上に味わい豊かであると同時に、清潔感も兼ね備えていて、使っていて手応えを感じる素材です。魚偏に豊かという字を納得する味です。

セセリの詰め物 心臓と心残り

  • セセリの詰め物 心臓と心残り
  • セセリとは鶏の首の筋肉のことですが、骨から剥がし取らないといけない希少部位です。肉の部分にも脂肪がたっぷり含まれているので、普通は余分な脂肪をさらにセセリ出して使うのですが、この詰め物にはセセリだけでなく、“セセリのセセリ”(私のネーミング)も使ってより豊潤な味わいを追求しています。周りには鶏の心臓と普通は心臓から取り除く大動脈の部分(焼き鳥屋さんの用語で“心残り”)と、フランスでよく使う茸、ムースロンを添えています。
    セセリは焼き鳥では人気メニューの一つですが、フレンチで使う人はほとんどいないでしょう。人が選ばない素材で最高の皿を作り上げることほど刺激的な喜びはないですね。

アニョーピカタ

  • アニョーピカタ
  • 「ラ・ベカス」オープン間もなく登場した料理。串カツのソース二度漬け禁止に触発されています。ソースをしっかり染ませて食べたいという発想。ソースをしっかり吸わせるためにピカタの衣を着けて仔羊を焼くのが私のアイデア。
    ソースはオーソドックスに羊の骨と野菜から取っています。ロゼに火を通した仔羊の美味しさだけでも垂涎ものですが、さらにソースをたっぷり吸って、一段も二段も上の味わいに昇華しています。付け合わせはフランスで大人気のモリーユ茸。ソースを吸ったモリーユはシコシコとした歯ごたえとともに、肉を思わせるような力強さです。
    この料理はボキューズさんや「ラ コート ドール」のシェフ、ベルナール・ロワゾーさんが来店された時にもお出しし、いずれの時も「美味しい」と言っていただいています。

ベカス風みつ豆

  • ベカス風みつ豆
  • これも四ツ橋時代から人気のデザート。
    小粒のタピオカが隠れたシロップの上に、キウイ、グレープフルーツ、オレンジ、パイナップル、イチゴなどのフルーツとレンズ豆を散らしています。見るからにみつ豆ですが、食べると和のイメージはまったくしません。シャープな味わいのフルーツをメインにすることで、料理の後で、また新たなピークを作ることのできるデザートになったと思います。

イチゴとホウレン草

  • イチゴとホウレン草
  • ルバーブをシロップで炊いたものとそのシロップの上に、イチゴとホウレン草のソルベを浮かべています。ルバーブとイチゴの組み合わせは定番ですが、ホウレン草の思い付きがヒットしたとも言えるでしょう。緑の色が欲しかったのですが、ホウレン草を使ってみると青臭さなど邪魔なものはなく、不思議に奥行きのある味わいになるのです。積極的に主張するわけではありませんが面白い存在です。
今回はユーモアを含んだ料理が多かったですね。フレンチレストランはいまだに敷居の高い存在に祭り上げられてしまっているように思います。たしかにアートな部分もありますが、食事なのですからもっと気楽に貪欲に楽しんで欲しいのです。寛いだ楽しさのためには軽いジョークは有効でしょう。「ボンレスハモ」の言葉をいただいた時は嬉しかったですね。努力して新しい食感を手に入れたことに対して勲章をもらったような気分です。
それに対して、“セセリのセセリ”や“心残り”はキッチンで作業中に使っている言葉ですが、希少ではあっても従来見向きもされなかった部位の意外な美味しさに注目してもらうためには、いいきっかけになる言葉だと思って使っています。キッチンの雰囲気も伝わるでしょうしね。
「ピカタ」や「みつ豆」はその発想の気軽さが、皿に活き活きとした力を与えてくれています。
ピカタは家庭にも取り入れられている洋食メニューで、何十年か前はともかく、最近、高級フレンチで使われる技ではありません。でも重くなり過ぎずにソースをたっぷり吸わせるには最適なのです。偏見にとらわれずに最適な技を選べたことに満足しています。
みつ豆も甘味処のメニューという先入観に縛られずに、あんこを甘みのないレンズ豆に置き換えるだけでフレンチのデザートとして成立させることができました。
料理のランクの高低や、洋の東西の差など壁は意外なほど薄くて、楽しくアプローチすれば新しい世界が開けるというのが実感です。

毎月の料理イメージ一覧へ