La Becasse

In season

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5月の料理イメージ  ある日の料理から

「鮎のリエットとビシソワーズ」

  • 「鮎のリエットとビシソワーズ」
  • 私の十八番。もっとも得意にしている料理の一つです。もう25年くらい前のことですが、鮎の季節に日本料理屋さんに夏らしく宮古上布の着物を着て出かけたことがあります。背越しや塩焼きのようないかにも日本的な鮎の美味しさを堪能していた時、ふと、「鮎って日本のジビエや」と閃いたのです。
    そこで思いついたのがリエット。いったん塩焼きにして骨や内臓ごとフードプロセッサーにかけて、たっぷりのバターで焼いています。擂り潰すという意味ではツミレに近いですが、リエットは油脂分が重要な調理法なので一線を画していると言えるでしょう。
    合わせているのはビシソワーズ。リエットは塩を強めにして鮎の持ち味を強く引き出しているので、ビシソワーズの柔らかな甘みで包み込んでいます。付け合わせのハーブもエストラゴンと決めています。和食の蓼に代わるものですね。私の料理の中では珍しくルセットが変化していません。

「フォアグラのテリーヌと玉ネギのフォンダン」

  • 「フォアグラのテリーヌと玉ネギのフォンダン」
  • これほどシンプルな料理もないというほど簡単です。フォアグラはまったく筋のない極上のものを選び、軽く塩をしてほんの少し加熱してミキュイの状態に止めて、テリーヌ型に。冷え固まったものをスライスするだけ。
    玉ネギは2時間ほど塩蒸しにしています。まさにフォンダン、とろとろの状態になってパレットナイフで掬い取らないと扱えないほどです。
    どちらも口の中でとろける美味しさに魅了される料理。とくにフォアグラはソテーしたときの脂が溢れ出る感覚とは異なり、ほとんど生だからこそクリームのような滑らかさが絶味と呼びたくなる美味しさを掻き立ててくれるのです。テリーヌ型1本そのまま持って帰りたいというお客様もたくさんいらっしゃいますが、ほぼ生ですので生憎、お店でしか味わっていただけません。

「毛ガニのガスパチョ」

  • 「毛ガニのガスパチョ」
  • 北海道や日本海の毛ガニとスペイン料理が合体するという、発想上の曲芸を成し遂げた皿です。
    塩茹でした毛ガニの身をほぐして殻に詰めなおします。ディルの花で香り付け。
    ガスパチョは以前、本場のスタイルに似せていろいろ野菜を加えていましたが、今はシンプルにトマトに塩とビネガーを加え、よくかき混ぜて空気を含ませています。ピンクに白濁したように見え生クリームを使っているかに思われがちですが、いっさい使っていません。付け合わせの野菜は今回、グリーンピース、そら豆、アスパラソバージュ、ぜんまい、新キャベツ、小松菜を使っていますが、この辺りはお出しする日の仕入れ次第でガラッと変わります。
    別々に食べても十分に美味しいですが、混ぜて食べると一段と味わいが深くなります。

「べカスマック」

  • 「べカスマック」
  • これはもう20年以上前に考え出した一品です。別にマックファンというわけでありません。フランス時代に何回か食べたことがある程度。ただ出来上がったものがビッグマックに見掛けが似ていたので名付けました。ヴォリューム感があり、肉汁たっぷりというようなものを作りたいなと思ったのがきっかけです。本当は「ベカスバーガー」と呼ぶべきかもしれませんが、ポップなのもいいかなと思って。
    この原始的な食欲に奉仕する品の決まりごとは、バンズをトウモロコシのガレットにすること(リヨンの郷土料理に“ゴード”というパンケーキのようなものがあり、ヒントにしています)、フォアグラのソテーが入ること、カクテルソースをベースにマスタードとタバスコをたっぷり放り込んだ“熱烈ソース”を使うことです。野菜はメキシカンな感じになればいいな、というところです。
    フレンチレストランという枠に収まりきらないパワーこそが最大の魅力でしょう。

「トウモロコシ」

  • 「トウモロコシ」
  • 季節の特権のような一皿です。ヤングコーンが出回る時期にしかお出しできません。今朝、市場で見つけた時には思わず嬉しくなりました。
    皮ごと焼いたヤングコーンの半割と、穂の部分をさっと湯通しして固く絞ったもの。トウモロコシのスープを流して、今日は生の鱒を添えてみました。
    一口含むと、完熟したトウモロコシ以上に活き活きとした香りに、一瞬驚かれることでしょう。とくに穂の美味しさは格別です。スープもブイヨンを加えないシンプルな味わいにすることで、“若い美味しさ”をより強調できるように思っています。それに、鱒の旨みを補いつつ際立たせる役割も担ってくれているので、いい役どころのスープです。

「タコとアーティチョーク」

  • 「タコとアーティチョーク」
  • 今朝、市場で見た三重県産のタコが美味しそうだったので、つい買ってしまいました。扱うのは何年ぶりでしょうか。次を期待されても困るという食材ですね。年に何度かこういう気まぐれな仕入れをすることがあります。この日にご来店いただいたお客様にラッキーと言ってもらえるように工夫を凝らしたつもりです。
    タコはしっかり塩もみして軽く塩茹でするのみ。スライスしてもまだクニュクニュしています。中央の大根はしっかり色づくまで塩蒸ししたもの。中国山椒とスペインのパプリカを振っています。ベースに敷いているのがアーティチョークのピュレ。
    最近では欧米のレストランでもタコが登場するようになり、太い足が丸ごと出てきて驚かされることがありますが、日本にはまだまだタコ食文化の利があるようで、火を入れ過ぎないというように、どうすれば柔らかく美味しく食べられるかということを、ほとんど考えることもなくできるのがありがたいですね。塩もみしたタコの旨みの豊かさはアーティチョークのピュレの深さを必要としますし、大根という曲者を合わせなければ太刀打ちできないほどです。

「ジュンサイとほうじ茶のブランマンジェ」

  • 「ジュンサイとほうじ茶のブランマンジェ」
  • 牛乳にほうじ茶を入れて煮出し、生クリームとゼラチンを加えてブランマンジェにします。シロップはルバーブを炊いた時のもの。そこへジュンサイを浮かべています。
    いまタピオカドリンクが流行っていますが、つるんとした食材が入るという点では似ている部分がありますね。そういう意味では和洋中同居のデザートと言えるかも知れません。
    ほうじ茶の香りと甘酸っぱさが寄り添うところに妙味があります。香りを強く立たせて、苦みは抑え、ブランマンジェの優しい甘さをベースにルバーブの本来強烈な酸味を淡いレベルで合わせたところが成功のポイントでしょう。
今回ははからずも“枠を打ち破る”料理が多かったですね。日本料理しかイメージできないような鮎をリエットにしたこと、毛ガニをガスパチョと合わせたこと、ジャンルを飛び越えたようなべカスマック、タコと大根、アーティチョークという摩訶不思議な組み合わせ。
こういう自由な発想はその素材の美味しさを尊重するからこそ生まれてくる、と思っています。最初から人と違った変わったことをしようというのではなく、素材の一番の美味しさを際立たせるもの、そっと寄り添えるものなど相性を考えるうちに、想像力が枠を跳び越え飛躍していくのです。
自由に発想しているのですが、結果として自然に理に適った料理になっています。リエットとビシソワーズの組合わせは伝統的なもの同士の落ち着きが出たし、カニにガスパチョを合わせたことで、逆に二杯酢を使う素朴な食べ方があったなと、あらためて思います。
べカスマックは出来上がってみたら、トウモロコシのガレットがトルティーヤを連想させるし、タバスコやパプリカなどの組み合わせがメキシカンで統一されていたのです。私は難しいことをしているつもりはなく、自分の食欲のままに相性を探しているだけ。枠を外していても美味しくまとまるのは、知らない間にヒトの味覚の法則に従っているのでしょうね。さいわい、いまだに食欲旺盛なのでまだまだ新たな料理を開発していけそうです。
味付けに関しては、シンプルな方向に向いています。素材をしっかり選べば、その持ち味だけで十分に満足できる美味しさがあります。塩梅という言葉があるように、塩と酢だけで味は決まるものなんです。ただ塩・コショーで味わいを深め、ビネガーで味の幅を持たせるのですが、ここからが経験が物を言うところ。どれだけ塩を当てれば持ち味をすべて発揮させられるのか、酢の強さも同じ。その加減こそが「ラ・ベカス」の料理の妙味になってきています。若いときから「酢を制する者は料理を制する」と言ってきたことがより深まってきているのではないでしょうか。

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