La Becasse

In season

In season

3月の料理イメージ ある日の料理から

エビのカプチーノ

  • エビのカプチーノ
  • シャペルさんのスペシャリテ“茸のカプチーノ”のアレンジです。スープ自体は普通のサラサラしたものですが、生クリームを加えてハンドミキサーで攪拌するとしっかり泡が立ち、デミタスカップで供するとカプチーノのようなイメージになります。登場した時代にはとても斬新な料理だったのですが、真似るのは簡単なので、今では気の利いたカフェレベルでも出しているところがあります。でも泡に頼りすぎると、ベタベタと重い料理になってしまいます。肝心なのはコクがあってサラリとしたスープを取ることです。

鶏のドゥミドゥイユ

  • 鶏のドゥミドゥイユ
  • トリュフのスライスの下にあるのは鶏のセセリ身をペーストにしたもの。白っぽい料理とトリュフの黒の組み合わせを、半喪服(ドゥミドゥイユ)風と呼ぶ習慣があります。味わいの濃厚なセセリ身が好きで時々使っています。元々小さな身なので、思い切って擂り潰してしまいペーストにしました。この時、濃度を下げてピュレと呼んでも差し支えないものにしたことで、鶏とは分かりにくいミステリアスな味わいを創り出すことができました。

牛ホホ肉のサラダ

  • 牛ホホ肉のサラダ
  • 大阪のブランド牛、なにわ黒牛メスのホホ肉という希少部位を使っています。ホルモン扱いされ一般には出回りません。生産者に直接発注してキープしてもらいました。しっかりした噛み応えとともに、旨みの湧き出る優れた肉です。いかにも肉を食べているという気分になるでしょう。グリーンアスパラとインゲン豆を添え、グリーンアスパラのソースを合わせています。ソースにはフェンネルとフェンネルの根、トリュフが入っています。
    肉の旨味を強調するのに強いソースを合わせがちですが、むしろ逆でしょう。基本塩味で満足できるように整え、さっぱりとしたソースを合わせると、両方の繊細な部分まで楽しめるようになります。

ホワイトアスパラガス、ホタルイカのリエット、ロイヤルオロブランコ

  • ホワイトアスパラガス、ホタルイカのリエット、ロイヤルオロブランコ
  • ボイルしたアスパラ、ホタルイカにフキノトウを合わせて丸ごとリエットにしたものと、日向夏によく似たオロブランコという柑橘、木熟してロイヤルの名を冠したものを合わせ、マジョラムで香りを補っています。ホワイトアスパラガスは伝統的にマヨネーズや溶かしバターのような油脂系の調味料で力強い味わいにして食べる習慣があります。しかし、アスパラ本来の淡い清々しさや独特の風味をマスキングしてしまうように思います。ほろ苦さのあるホタルイカを合わせることでアスパラの持ち味を浮き立たせ、オロブランコの甘露水と呼びたくなる瑞々しい甘酸っぱさと出会うことで、穂先ばかりでなく、軸の部分の力強い食感の美味しさを目立つようにしてみました。

オマール 鶏のピュレとジュレ添え

  • オマール 鶏のピュレとジュレ添え
  • ロメインレタスやアリッサムの花をあしらっているのでサラダのように見えますが、2番目の皿の「鶏のドゥミドゥイユ」でも登場したセセリ身のピュレと鶏のスープをジュレにしたものを添えているので、スープ料理だと考えています。鶏の味わいも強いのですが、オマールは爪の肉を選んでいますので、ザクザクとした独特の食感とともに凝縮した味わいがあるので負けていません。活き活きしたロメインレタスのほろ苦さがいい合いの手になっています。

ホタルイカ 菜の花 新玉ネギ

  • ホタルイカ 菜の花 新玉ネギ
  • 季節の素材をさっと湯通ししただけ。ホタルイカの茹で汁とパプリカオイルで食べるというシンプル極まりない料理です。春の訪れを満喫するには、何もしないに限ります。素材の持ち味であるほろ苦さやアクのようなものは手を加えるほどに力を失っていくからです。最低限の風味付けとしてパプリカオイルはいい仕事をしてくれています。

平目のポワレ ホタルイカソース

  • 平目のポワレ ホタルイカソース
  • 平目は皮がパリッとするまでしっかりポワレします。肉厚の切り身ですので芯まで火が通るのに時間が掛かりますが、身がパサつかないようにするための火加減が難しいです。皮からは水分を飛ばしたいけれど、身には水分を保ちたいと、欲求が矛盾しているのです。まさにキュイジニエとしての腕の見せ所です。皮の目覚ましい食感の後に、ふっくらと豊満な味わいが訪れます。これだけでは淡白というのではないのですが、あまりに味がきれいすぎる。ここでもホタルイカの深いコクのあるほろ苦さが利いてくるのです。菜の花やインゲンも春らしさを添えています。

ブルーベリーのメレンゲアイス

  • ブルーベリーのメレンゲアイス
  • 大粒で酸味が強く濃厚な味わいのブルーベリーを選んでいます。メレンゲを主体としたアイスクリームに混ぜることで、見た目がドラゴンフルーツのようになるので、皮の代わりに苺ソースを周囲に添わせてみました。上に載せた本物のドラゴンフルーツとよく似ているでしょう。まだまだ春は浅いですが、食後、とくにワインの後には冷たいものが欲しくなります。

ヌガーグラッセ ロイヤルオロブランコのサラダ添え

  • ヌガーグラッセ ロイヤルオロブランコのサラダ添え
  • もう一つ冷たいデザート。よく炒ったアーモンドと少し苦みを出したヌガーを合わせ、メレンゲ、生クリームと混ぜ合わせ、しっかり冷やしています。パティスリーでは常温で食べるヌガーグラッセもありますが、アイスクリームのクネルのように形作ることが多いことからも、名前からもアイスで食べるのが本来の形でしょう。甘いものにもっと甘いものを盛り込んでいますが、苦みが入ることで満足感の高い大人のデザートになっています。
今回はシャペルさん風のスープからスタートして、ドゥミドゥイユというクラシックなスタイル、そして牛肉のサラダもリヨンやニースのサラダの記憶が反映しているかもしれません。その後もリエット、ポシェ、ポワレなど伝統的な技法に従っています。
食べれば従来にない飾りを削ぎ落した新しい料理だということが、すぐに納得していただけると思います。でもその底に流れているのは伝統です。シャペルさんは私が「ラ ベカス」をオープンする3ヵ月ほど前に亡くなっているので早いもので30年が経ちました。彼やボキューズ、トロワグロなどの巨匠たちの料理が今ではクラシックと呼ばれ、過去のもののように扱われています。しかし、今回のスープのように、いまだに圧倒的に美味しく、エヴァーグリーンの味と言わざるを得ないものがいくつもあり、とても過去に葬ることはできません。
他人のすることを否定するつもりはまったくありませんし、時には面白いなと感心することすらあります。ただ、懐古趣味でも伝統墨守派でもありませんが、根の切れた新しさというものには、私自身は移行できません。身に着けているのが伝統的な料理手法であり、私が料理をイメージするときには、同時に料理手法も思い浮かべているので切り離しようがないのです。
たとえば、2度登場した鶏のピュレを私は茹でた鶏をフードプロセッサーに掛けて作っていますが、フリーズドライのパウダーにしてしまって必要な時に水なりスープなりを加えて作ることも可能でしょう。残念ながら、食材を要素に分解して組み立てるような思考方法、調理法に馴染むことができず、恐らく作っていても美味しいものを作っているという実感が伴わないように思うのです。結果として同じようなものができたとしても、実感がなければ料理を作る職人の喜びが感じられないでしょう。
昔からの調理法にこだわるということからいえば、古臭い守旧派と見られても仕方のないところはあります。けれど、古い調理法で新しい料理ができないわけではありません。
真空低温調理がもてはやされ広く普及しています。低温調理の方法はパイ包み焼きとか塩竃焼きとか昔から実践してきた方法にすぎません。ただ設定温度を極端に下げて60℃近辺まで下げてしまったことが新しさ。その代償に調理時間が何倍にも伸びてしまっています。ですから、計画的な工場生産的な料理になってしまうのです。私が真空パックの機械を持っていても低温調理に向かわないのは、調理工程を退屈に思ってしまうからです。もし極低温加熱の肉を作りたくなったら塩竃で温度を下げて焼くようなパターンだと思います。
食材から食欲を刺激されて、料理のイメージが湧いた時には同時に調理法を思い浮かべていて、実際に作る時に自分の身体と精神、五感のすべてを集中させて作っているという肉体の官能をともなった喜びとともに創り出される、それが私、渋谷の料理です。その喜びをお客様と分かち合えたら、それほど幸せなことはありません。

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