La Becasse

Memory

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面白い素材との出会い

「アラン シャペル」のあったミヨネーと同じ、ローヌアルプ地域、アン県にドンブ湿地帯というところがあり、かつてカエルが沢山獲れました。他にも鯉や川カマスなど独特の食材の宝庫です。
フランスではカエルが大変な高級食材でレストラン料理の花形の一つです。シャペルさんもよく使っていました。入荷の量がまとまらず、あちこち手を回してかき集めていました。中に一人だけ10㎏単位で持ち込んで来る人がいたのです。それがドンブに住んでいる小父さんで、精神的に少しおかしくなっていて暮らしていけないので生活保護を受けているような人です。変わっているので村でも虐められていたようで、ある時見かけたときはおでこに殴られたような痣が出来ていました。
そんなみじめな暮らしぶりの小父さんですが、ことカエル獲りにかけては名人。
一度、シャペルさんの下のシェフにコンタクトを取ってもらい、カエル獲りを見学させてもらったことがあります。
家に訪ねていくと、昔の日本の家みたいにドアが開きっぱなしののんびりしたところ。声を掛けてカエルを獲るところを見せてくれ、と頼んだのですが、まともな返事が返ってこないまま、釣竿をもってスタスタ出掛けてしまいます。慌てて追いかけるのですが、追いつくと逃げるように離れてしまいます。それで10mくらい離れてついていき、沼に到着しました。
釣りの雰囲気としては佐賀県のムツゴロウ釣りに似ているといえば分かりやすいでしょうか。小父さんが釣竿を構えて、「ブォッ」と一声ウシガエルの鳴きまねをすると、水面からカエルの目がピョコッと出るのです。そこへ赤い毛玉の付いた糸を振り向けると、まさに入れ食い。百発百中で食いついてくるのです。「ブォッ」、竿を一振り、「ブォッ」、竿を一振りの連続。見事なものでした。仲良くなれたわけではありませんが、途中からは小父さんも私に慣れて近くで見させてくれました。
カエルは生きたままのものを仕入れて冷蔵庫で冬眠状態にさせておいて、眠ったままで調理するようにしていました。学校で解剖の実習をしたことのある人も多いと思いますが、ご存知のように、皮はつるりと簡単に剥け、捌きやすいです。取り出してすぐに捌けばいいのですが、何かの用事で置いたままにしていると、目を覚まして大変なことになります。ピョンピョン跳ねてホールにまで行ってしまうことがありました。ボーイさんが「おい、出てきてるぞ」といって摘まんできたりしていました。
こういう逃走劇ではザリガニがさらに上手で、水槽は屋外にあるのですが、キッチンを通り抜けてホールまで行っていたのですから、見上げたものです。のそのそとしか歩けませんから、相当の長時間旅行。よく途中で見つからなかったものです。

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