La Becasse

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料理における香りの重要性

料理の味覚を決めるのは意外なことに、味そのものではなく香りなのだそうです。以前に面白い実験の話を聞きました。目隠しをして鼻を摘まむとレモンジュースを飲んだのか、オレンジジュースを飲んだのか区別が付かないというのです。この二つを分けているのは香りの違いだったのです。
鰻屋さんや焼鳥屋さんがわざと匂いを表へ流れるようにしているのは、匂いが食欲をダイレクトに刺激するからです。食欲中枢と直結している嗅覚に心地よい刺激を与えることが料理の評価につながることは間違いありません。香り次第で料理が下品にも上品にもなるという大切な感覚で、香りに対するセンスで料理人のセンスが見抜けるでしょう。
現在の私の料理ではスパイスを多用しているわけではありませんが、パウダー状のものを最後に少し皿に振ることがあります。カレー粉、シナモン、スペイン産のパプリカパウダーや柑橘類の皮のパウダーなどです。最近フランスの料理人がニンジンのムースをニンジンの形に戻して皿に盛っているのを見て思い出しましたが、私も25年ほど前にニンジンムースを細長く流して、髭根の出てくるくぼみの位置にクミンシードを配置してセルフィーユを葉っぱに見立ててプレゼンテーションしていました。スパイスをそのままの形で表に出して使ったのはその皿くらいです。ビジュアルの遊びに利用しただけでなく、ニンジンの甘さに爽やかさが加わって、粒のまま使う意味がありました。
一時期百貨店にカレーショップを出していたことがあるくらいスパイスは好きなのですが、レストランの料理の中での使い方は控えめかもしれません。その代わりハーブは積極的に使っています。『香草サラダ』もあるし、野菜サラダに使うドレッシングをスーパーウェポンと呼んでいて、香草をたっぷり盛り込んでいます。このような私のスパイス観、ハーブ観が養われたのはやはりフランス時代です。

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