La Becasse

Memory

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「ラ ベカス」店名の由来

ジビエのなかで王と呼ばれているのがリエーヴル。それに対して女王と呼ばれているのがベカス(山シギ)。フランスでは禁鳥になっていて、数少ない免許を持っている猟師だけが自分の食用だけ狩猟が許されています。販売はできないので流通はしません。この数少ないということと、文句なしに美味しいということ。ブリヤ・サヴァランが“美味礼讃(岩波文庫)”の中でベカスをこのように表現しています。“やましぎははなはだおつな鳥なのだが、ほんとうにそのうまさを知っている人はほとんどいない。やましぎは猟師の目の前で、ことにそれをしとめた当人の目の前で、即座に焼いたものでなければ真にうまく食えるものではない。その時こそ申しぶんのない焼鳥が出来上がり、口中の快まことに言葉に絶する”。それほどに古くから称えられた特別な美味しさである上に、高貴なイメージがあること。そんな店として評価されるようになりたいとの思いから名付けています。
開店間もなく、ボキューズさんが食べに来てくれて、ベカスの話になり、免許証にベカスの羽を入れているほどにベカス好きなのに、「ヨシ、美味しいけど、誰もが好きな味じゃないな」と言ったことが忘れられません。自分の料理にもあてはまるなと思ったのです。すべての人にある程度の満足を覚えてもらう、マスセールスの料理ではなく、限られた人たちかもしれないけれど、その選ばれた人に100%の満足を届けられる料理。そういうアーティスティックな料理を作り続けられればいいなと思っています。その象徴がベカスなのです。
じつは食べられないはずのフランス産ベカスを3度食べた経験があります。シャペルさんは「フランス人は違反することが好きなんだ」と平気で言うような人で、毎年季節になるとベカスを置いていました。店で一度食べ、もう一度は1羽譲ってもらって自宅で調理して食べています。最後はテレビの取材です。朝日放送の制作で1993年の4月から1年間包装された番組の「ザ・包丁人」。フランス現地でロケし、猟師にベカスを獲ってもらい、「アラン シャペル」のシェフとともに山小屋風の小屋の中の石炭窯の厨房で調理するというものでした。シャペルさんが違反してでも店に置きたいと思うのも当然と思えるほどに美味しいものです。
今はともかく入手不可能なので、スコットランド産を仕入れています。十分に納得できる素材で、生涯忘れられないジビエ体験をするのにふさわしいものです。
入荷した毛や羽の生えたままの素材を調理前にテーブルにお持ちしたり、皿に羽を飾ったり、首をそのまま焼いてお出しすることで、正体の証明をするような習慣がありますが、この習慣はかえってお客様をジビエから遠ざけてしまうようにも思います。鳥の脳ミソを食べてもらう目的以外にはすべきではないのかもしれません。ジビエが今以上に認められるようにするためには、まだまだ気配りや工夫が必要でしょう。
逆にブームにでもなったら一挙に資源が枯渇するでしょうから、今のまま知る人ぞ知る美味、垂涎の的といった位置づけを守るべきなのかも知れません。美味しいものは独り占めにせずに広く知らせたいというのが普通の心理ですから、難しい問題です。

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