La Becasse

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フランスと日本で異なる調理場

日本のレストランを経験することなく「ポール ボキューズ」の調理場に入ったのでそれが当たりまえだと思ったのですが、向こうの伝統的なスタイルのお店は、ストーヴと呼ばれる大きな熱源があって、上に大きな鉄板が載っていて、熱源近くの高温の場所か、遠く離れた保温用の場所か、目的に応じて場所を使い分けるスタイルです。オーブンも同じ熱源を利用しているところが多いでしょう。圧倒的な熱量なので温度が下がる心配がなく、「アラン シャペル」では開いた扉を盛り付け台として利用したりもしていました。直火はロティスリー(あぶり焼き機)くらい。暖炉のようなところが別にありました。
中華料理が炎を使いこなす調理法だとすると、フランス料理は大量の熱で素材を優しく包み込む調理だと言えるでしょう。和食は中華に近いかもしれません。強火で一気に炊き上げる煮つけとか蒸し料理などは中華的。フランス料理でもバターを泡立つほどに熱して一気に調理する料理がありますが、むしろ例外でしょう。
洋食のイメージからするとフライパンを多用しそうですが、じつは鍋が多用されます。ポトフだとかブッフブルギニョンのような煮込み料理や蒸し煮にする料理が主流です。サービスの都合上も、ソテーやポワレといった高熱で短時間の火入れの仕事は付きっ切りでなければなりませんが、鍋料理であれば同時にいくつも進行させられます。大人数のお客様が詰めかけるようなお店では、鍋を主体にしなければ追いつかないでしょう。
当時の日本ではコンロが普通に使われていました。大阪へ帰ってきて勤めた「ミストラル」というお店も3ツ口のコンロでした。その上に鉄板を載せて、慣れたスタイルに近づけて調理していたのを思い出します。でも、普通のコンロに鍋をかけて料理したとしても遜色のないものを作れるだろうとは思っていました。「ポートピアホテル」のイベントで“アラン シャペルとジョエル ロブションの夕べ”というのがあったとき、JCBのPR誌の取材なども調理を任されたりして、けっこうメインで仕事をさせてもらっていたのですが、その時、日本の素材、調理環境でも十分に美味しいものが作れるなという自信を得たのです。
この時の面白いエピソードとしては、バブルの最中で、茸200㎏が用意されていたり、ともかく信じられないような贅沢ができたのですが、シャペルさんが茸をふんだんに盛り込んで作った“茸のカプチーノ”が贅沢さは感じられるものの、美味しくなかったのです。それで翌日はミヨネーで普段作っているような料理に勝手な判断で戻したのです。シャペルさんも、皿を見て「うん、これでよし」と納得した、という場面がありました。すべてが素材を贅沢に使えばいいというものでもない。美味しいものを美味しくなるように選んで使わなければならないのです。
普段とは違った環境でも、シャペルさんを納得させられる料理が作れるということで、裸一貫、自分の能力でどんな場所でも乗り越えられるという確信を持ったのでした。
また別の機会にオランダでのイベントの際に、シャペルさんが鴨のソースを作っていて、鍋底にこびりついたエキスを伸ばしてソースを作るデグラセの際に脂は捨てたのですが、塩も一緒に捨てなかったので、ソースが塩辛くなりすぎるというアクシデントがありました。その時、「ヨシ、どうしたらいい?」と頼られたのです。もちろんシャペルさん自身で調整しなおしできたのでしょうが、自分に任され、望み通りのリカバリーができたという体験も、自信を深めました。

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