La Becasse

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フランスの賄い料理

日本では弟子の育成の一環として見習いに賄い料理を作らせる習慣があるようです。
私が経験したフランスの6軒の調理場ではそのような習慣はありませんでした。賄い料理もちゃんとした料理人、シェフたちが作ってくれるのです。お客に出すような凝った料理にはしませんが、食べていれば、フランス料理の味の基準が自然に身に付くという意味合いがあるのではないでしょうか。
時々スペシャルなものが提供されることもあります。ボキューズさんのところで覚えているのは“メールリシャール”のチーズを食べさせてもらえたこと。メニューにわざわざこの名前を記載することで格が上がるとさえ言われるチーズセレクション。中でも“サンマルスラン”が名高い。ボキューズさんがこの銘柄を有名にしたとも言われるくらいのお気に入りでした。
私は元々チーズが苦手だったのですが、これを口にしていっぺんに目を開かれました。でも、いきなり最高峰を経験してしまったために、それ以下のものは不味く感じてしまいます。鮮度管理も難しいし、チーズは扱いにくいです。
ロブションさんのところでは、彼のスペシャリテである“ジャガイモのピュレ”が余ると、バケツ状の容器に溜めていて、週に1度、2度賄いに出てきます。バターたっぷりでとても美味しいピュレです。夢中になって食べていると、先輩から「これを美味しいと感じる間は新米だな。これを普通に感じるようになったらうちのコックだ」と言われました。ジャガイモのピュレはシンプルな付け合わせのようなもので、本来飽きるはずのないものなのですが、バターが多い配合なので、食べ慣れてくるとどうしてもくどく、重く感じ始めるということなのです。たしかに、いつの間にか私もそんなに嬉しいものではなくなりました。
シャペルさんのところでは、日曜の昼にだけ食前酒が許されていました。私は一口飲んだだけで顔が真っ赤になるので、食後キッチンに立つとシャペルさんが目の前なので、「お前真っ赤じゃないか」とニヤニヤされながら、顔には出るけれど大した量を呑んでいないのできちんとした仕事をしていたことを覚えています。それと日曜はシャペルさんの家族が食べに来るのですが、息子さんの好物がマカロニグラタンで私の担当でした。休憩時間にシェフと二人で作っていました。シャペルさんが亡くなった後、息子さんに会う機会があって「マカロニグラタンは僕が作っていたんだ」と言うと、子供時代の好物の話をされて、嬉しいような恥ずかしいような顔をしていました。
日々の賄いでフランスの日常食をトップクラスの味わいで身に付け、名だたる有名店を食べ歩いたことでレストラン料理のなんたるかを自分の舌に沁み込ませたことで、どんな食材を目の前にしても自由にフランス料理を創り出すことができるようになったのではないでしょうか。

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