La Becasse

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フレンチレストランで天ぷらを揚げる

「ミシェル・ロスタン」という店に食べに行った時のこと。マダムが「あなたボキューズさんのスタッフなの?」と聞かれて、「なんで分かるのかな」と不思議に思っていたのですが、ふと後ろを振り返ったら後ろの方の席にボキューズさんがいたのでした。挨拶に行こうとすると、手でそのままと制され、私が食べ終わったときにはもういなくなっていて、私の分まで勘定を済ませてくれていました。1年を迎えようとする頃「ヨシ、そろそろ他の店で経験を積むころだ」と言って「タイユバン」を紹介してくれようとしました。私は「もっと小さい店がいいです」といったら「じゃミシェル・ロスタンだな」ということになったのですが、結局、紹介されたのは「オテル・ド・クリヨン」でした。

それが次の職場です。ボキューズさんは労働証明書である”カルト・アテスタシオン”も書いてくれたし、かなりの額のボーナスもくれました。

 

期待して向かった5ツ星ホテル「クリヨン」でしたが、ここは労働組合の強いところで労働ビザのない人間にはあまり働かせてもらえませんでした。それで次にボキューズさんが紹介してくれたのがコートダジュールで大人気の3ツ星レストラン「ムーラン・ド・ムージャン」です。カンヌ映画祭の時期だと、連日連夜映画スターがつめかけているという店です。私もグレース王妃もサッカーのキング・ペレも目にしています。シェフのロジェ・ヴェルジェもスターに負けない貫録と見た目を伴った好男子。冒険好きが高じてアフリカなどで修業したような変わり種。本人の話も映画になりそうなくらいです。

ある晩、イベントで天ぷらを出そうということに決まって、「日本人だから出来るよな」と押し付けられてしまいました。じつは「クリヨン」でも同じようなことを経験しています。

オーナーがシャンパンのテタンジェ社の社長で当時の恋人がデザイナーのソニア・リキエル。シェフズテーブルで二人のために天ぷらを揚げろと言われたのです。日本でも一切経験がなく、てんぷら粉に触ったこともないという有様です。慌ててパリの大丸に行っててんぷら粉を買ってきて袋の裏に書いてある通り、見よう見まねで揚げてみました。幸い二人とも美味しいと言ってくれましたが、本物の天ぷら職人が見たら粉の濃度から揚げ方からでたらめだったでしょうね。本物の天ぷらを食べ慣れていない人たちに、フランス風のベニエとは違う、カリサクッとした揚げ物を提供したということでしょう。

「ムーラン・ド・ムージャン」では、もう少しましだったでしょうが、大人気で列ができて直接お皿にサービスするという大盛況にはちょっとびっくりしたし、恥ずかしい気もしました。

リゾート地ですから忙しいのは夏だけで冬は暇。雇われている人たちも季節契約が大半。冬場はスキー場でシェフをしているという人も4人来ていて、そのうちの2人に誘われて、冬、4か月アヴォリアーズで働く契約をしました。その前に、「ジョエル・ロブション」にも希望を出していたのですが空きがないということでウェイティングの状態でした。スキー場も猛烈な忙しさですが、最後の1か月は暇になります。ちょうどその時にロブションから連絡があり、金曜日でしたが月曜日には店に来いとの内容です。

慌ててオーナーに掛け合うと、いい人で暇になって人が余るという事情もあったのでしょうが、ちょうどロブションが新聞見開きに大きく報道されていて、「君がこれから行くところは、君の人生にとって重要なところだ」という言葉までくれて送り出してくれたのです。

山の中からパリまで大急ぎで駆け付けたことを覚えています。

ここからまた新たなステージに突入するわけですが、またの機会に譲りましょう。

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