La Becasse

Memory

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スタートは本当にゼロだった

フランスに渡るまでちゃんとしたフランス料理を食べたことがなかった。テレビ番組の“料理天国”で辻調理師専門学校の小川忠彦先生が作るフランス料理を美味しそうだなとぼんやり見ていましたが、自分が就く職業の参考などとは思ったこともなかったです。
しいてフランス料理の体験を探すと、家庭で飲むポタージュスープ、それと高校生の時、試験がある日は、学校が早く終わるので友達を誘って心斎橋のフレンチレストランのランチを食べて帰っていました。850円だったことを覚えています。70年代後半としてはけっこう高いランチで高校生にしては少し生意気なランチです。中身は本当にフレンチだったか怪しいものです。ワンプレートに3品盛りでサラダとスープが付き、食前酒として縁に砂糖を塗ったカクテルグラスにロゼワインが注がれていました。高校が制服ではなく私服だったので、大人扱いでメニューに含まれているものがそのまま出たのでしょう。
この程度のフレンチ体験で、なぜフレンチの料理人になろうと決意したのか、無謀というしかありません。普通だったら、日本のフレンチと現地の料理のギャップにショックを受けたというようなことになるのでしょうが、こんなあり様ですから、フランス体験以前と以後でフレンチに対するイメージの変化などありえないのです。まったくなんの先入観も偏見も抱かない無垢のままの状態でフランスに渡り、フランス料理のイメージと知識、技術を丸呑みしてきたというのが正確なところ。
半年間、語学学校に通って会話能力を身に着けたのですが、その時点でミシュランの存在は知っていて、3ツ星の有名店を食べ歩こうとしていました。最初に行ったのが「トロワグロ」。語学学校の年長の同級生たちと4人。私はまだ18歳、最年少でした。学校のあったヴィシーからロアンヌまで車で行きました。4皿のコースでした。オマール、フォアグラのサラダ、有名なソーモン ア ロゼイユ、それと鴨。今でも鮮明に覚えています。とても美味しく圧倒される思いでした。こういう美味しいものを自分が作るようになるんだと思いを新たにした瞬間です。
過去にフレンチの体験がなくていきなり3ツ星の味が分かるのかと思われるかもしれませんが、たしかに経験を踏まないと分からない味というものもありますが、これほどずば抜けた料理は誰をも魅了する力があるのでしょう。それと、実家が弁当屋で比較できないレベルですが食に関心のある家でしたから、店が休みの日にいろいろ食べ歩きに連れて行かれました。私が子供の頃から味が分かっていたことの一つ話として、“白いのと赤いのとが食べたい”と言って目板ガレイの唐揚げを注文したといいうのです。唐揚げの横に天盛りされている大根おろしともみじおろしを指していたらしいのです。こんな言葉遣いですから小学生以前ということだと思います。その年でもみじおろしも食べられたということになりますから、少しませていたということらしい。
次の3ツ星は「ヴィヴァロワ」。祖母と姉夫婦が訪ねてきて、私の誕生日を祝ってくれたのですが、大晦日のことで、空いていたのが「ヴィヴァロワ」1軒だけ。店まで行って予約したのですが、店に入ってみるとフルーツパーラーを思わせるような内装で正直がっかりしました。しかし、そこしか席を取れなかったのでやむなくという感じでした。料理は良かったのですが、祖母に買って貰ったエルメスの手帳のほうが以前からの憧れだったので印象深いです。

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