La Becasse

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フランス料理の追究心

食べにくいものをなんとか工夫して美味しくしてしまうというのは、エスカルゴに限らずフランス料理の古くからの精神の一つかもしれません。ジビエの時に少し触れた“リエーヴルロワイヤル 野兎の王家風”などはその代表です。野原を駆け回っている動物ですから筋肉が発達していて脂は少ない。固くて筋だらけの肉です。おまけに蒸れたような特有の臭みまであるのです。これを煮込んで、煮込んで、ワインをたっぷり吸わせ、フォアグラや豚の脂肪、牛ミンチなど、旨みとなるものを山ほど注ぎ込んで、スポンジのようになったウサギ肉に旨みを吸わせるのです。おまけに匂い消しにニンニクが何十個も使われるという話しもあります。不思議とニンニクの匂いは気にならないレベルになるのですが。これだけ徹底すればさすがにどんな素材でも美味しくなるでしょう。
こんなに陰口を叩かれるリエーヴルですが、80年代の後半に神戸でのイベントにロブションさんと参加したとき、シャペルさんはシンプルにローストで出していました。無理に手を掛けないというのがヌーヴェルキュイジーヌ以降の精神ですから、その旗手の一人として、日本で新しいフランス料理を伝えようと、あえて手が掛かる素材として知られているリエーヴルでシンプルさを追求して見せたのかもしれません。
そういえばボキューズさんはエスカルゴをガーリックバターではなくシンプルな煮込みで出していました。やはり型にはまらないシンプルさを追求する新精神だったのでしょう。
神戸のイベントの時にJCBのPR誌の取材が入っていたのですが、「リエーヴルのロースト」を掲載することは決まっていたのですが、取材時間になったら「ヨシ、やっといてくれるか」といってどこかへ行ってしまいました。この時、付け合わせの野菜のレイアウトをシャペルさんのお手本とは左右逆に勝手にアレンジしたのですが、見本誌を見たのかどうか、まったく気にもしていなかった。芸術家肌で、イベントで協力しながら料理を作っているときに、ロブションさんがソースを外周全体に均一に流そうとするのを、片隅に刷毛でサッと塗るようにするのがいいといって譲りませんでした。さすがに完璧主義で鳴らしたロブションさんも引かざるをえなかった、というくらいに強い信念を持った人なのに、おおざっぱなところも併せ持っていました。
シャペルさんは料理界のダ・ヴィンチと呼ばれた人で、料理をアートに高めた人です。何気ないところでもセンスを発揮していました。たとえばテーブルセッティングも自分でするのですが、1卓1卓、飾る花が違いレイアウトも変えるのです。気ままにやっているようなのですが、全体のまとまりがあるのです。時々マダムがやることもあるのですが、マダムより古くから店にいるボーイさんが2人いて、彼らが「なんか違うんだよな。パトロンがやると味があるんだけどな」と言っていたものです。
フランス料理の精神的な傾向を話していたのに、ついつい付随する想い出が湧いて出てきてしまいました。

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